セールス・営業・販売パーソン向け個別メンタルサポート
本当は私の自慢はテクニックやスキルではありません。
あなた個人のメンタルサポートなのです!!
     

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メンタルコーディネータ
 大山金昭
心理カウンセラー代表 大山金昭

溝口メンタルセラピストスクール
公認心理カウンセラー
公認バイオリズムコーディネータ
公認ポテンシャルアナライザー
         (公認No.P-1004)

溝口式バイオリズム分析とは?】
アメリカの分析心理学・行動心理学・社会心理学を応用したメンタルセラピスト溝口耕児先生が個人の性格性質・特性・適正能力・潜在能力・対人マッチアップ等を一兆三億通り分の一にまで分析します。その活動範囲はひろく国内、海外を含む政財界・芸能界・プロスポーツ界等のべ8万人、600社を超える分析とアドバイジング実績を持ちます。
公認者大山は分析結果を分かりやすくクライアント様に対しお伝えするとともに、クライアントさまと共に無限の可能性を切り開くお手伝いをさせていただきます。

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大山の告白(長文です)
ここでは私の生い立ちも含めて、あまり公にしたくないことも含めてお話ししようと思います。人様に「自己開示しましょう!そこから何かが始まりますよ!」と言っておいて、自分ができていなければウソっぽく感じられても仕方がないと思ったからです。余談ですが、多くのカウンセラーと称している方はクライアントさんに自己開示できていないのではないでしょうか・・・。

養子の長男として生まれる
私は秋田県能代市というところで1960年に生まれました。祖父母も同じ県内ですがいろいろな事情があったのでしょう。生家から離れ大山の姓を近所のお世話になっている家から受け継ぎ、独立した形です。(この話を聞いたとき、そんなことが昔は行われていたんだなと素直に思いました)。どちらも今では亡くなっておりますが、祖母は十数年寝たきりの病気を患い、子供には生涯恵まれず、親戚の紹介等をたよりに私の父は養子として大山家へ迎えられ、母と結婚し私が生まれました。要するこの家でははじめて生まれた子供が私だったのです。

大山さんの話の聞き方はフツーの人と違う?
その後、家は裕福ではありませんでしたが、兄弟には恵まれず私は一人っ子としてかわいがられて育ったように思います。子供の頃は外で友達連中と遊ぶのが大好きな少年だったと思います。一人っ子が寂しいと思ったことはさほどありませんでしが、一人っ子と言われることにはなぜかかなり抵抗がありました。私が今、なぜ人様のメンタル面のサポートという仕事をさせて頂いて、喜びを感じるのか?と自問自答することがたまにあります。それを考えるたびに浮かんでくるのは私の祖父母、父母、私へとの流れ、ルーツは出生にあるように感じてしまう自分がいます。簡単に言うと、要するに日本的な「家」の血縁には薄く孤独の性質が生来的に備わっていたせいか、人間との本質的な関わりコンプレックスが潜在意識の中に刷り込まれていったのではないかと自己分析しています。

実はもともとメンタル関係の仕事に就こうなどと考えて生きてきたわけではありません。でも、今になって思い出される出来事がいくつかあります。後述しますが、私の家は小さな商店を営んでおりました。その商店にふとしたきっかけで顔見知り程度に知った女性が何度もきては小さな買い物をし、私がお店の手伝いで出ているときにかぎって平気で2〜3時間おしゃべりをしにくるのです。私が30代後半で彼女が前半くらいでしょうか・・・その後、数年みなくなりある時ばったり街で逢ったことがあり「久しぶりだね」という会話になりました。その時彼女から「大山さんは、今でも私の心のオアシスなんです」と言われビックリしたことがあります。何を相談にのってあげたとか、そういう記憶はありませんでしたから「どうしてですか?」って聞いたんです。そうしたら「大山さんの話の聞き方はフツーの人と全然違いますから」と言われ、どう違うのだろう?とこれまた驚いたのを記憶しています。誤解のないよう申し添えておきますが、男女の恋愛というような類のものではありません。彼女は愛するご主人と子供さんにも当時から恵まれていました。

この仕事をするようになってから、専門的に自分を分析したデータや、自己分析法によって自分についていろいろと分かるようになりました。その一つに私の性質として意外に思われるかもしれませんが、実は自分からすすんで大勢の人の和にくわわることが苦手ということがあります。人との関わりが嫌いでないくせに自分からすすんで加わろうとはしないのです(苦笑)。そんな自分でも、今お話ししたようなこと以外にも、思い出されることが結構あります。「大山さんのおかげで結婚できます。つきましては披露宴の司会を・・・」というふうになったり、「他の誰にも相談できなくて・・・」というお二人がかなりの困難を乗り越えて結婚されたりとか、詳細は書けませんが「大山さんが交渉役になっていただけないか・・・」と頼まれることが結構あったりしました。そのどれもが自分から関わろうとしたものではありませんでしたし、私が解決してあげようなどという高飛車な気持ちはこれっぽっちもありませんでした。今のように分析もカウンセリング手法も何も知らなかったわけですから、ただただ「ひたすら相手の話を聞いてあげていただけ」だと今でも思っています。

なぜメンタルサポートに喜びを感じるのだろうか?
私は今でも実は話の聞き方が、上手だとは思っていません。本当です。心理カウンセラー講座で聞き方のトレーニングが必ずありますが、それに沿っての自己評価もぜんぜんダメだったりします。でもお話ししたような過去の記憶が思い出されるたびに、「ありがたい」「うれしい」という気持ちになるのが正直なところで、それに喜びを素直に感じる自分がいます。

それはどうしてか?
それはやはり、私の潜在意識に生まれた頃から、いやその前から人間との本質的な関わりコンプレックスがあったからだと思います。逆説的ですがそれがあったから、人の話に心から耳を傾けることができるのではないかと思っています。テクニックやスキルではない部分で。それがたとえ肉親や身内でなくても誰であっても、メンタルな部分で専門的なサポートをさせて頂くことで、相手に本当に喜んでほしい、そう思えるのです。それにより本質的な人との関わりそのものに喜びを感じることができるではないかと思うのです。

そうです。告白その1みたいになりますが、私自身が人間関係のコンプレックスを出生時からもっていたからだと思っています。

理由もなく、移動したい、人に関わりたい、社会心理学って何?
私はもちろん特別な人間ではありません。幼少から小・中・高校と平凡な生活を過ごしていたように思います。体を動かすことも好きで小学校では体操と水泳、中学ではバレーボール、高校ではバレーボールと後半は進学の為の受験勉強に明け暮れたました。

将来何になる!とか夢みたいなものは今思い返しても具体的にはなかったように思います。しかし、家業が祖父母が起こした町の酒屋さんで母がかなり生活のために苦労していましたから、自分は一人っ子だし、いつかは酒屋さんを継がなければいけないのかな!?位は感じていました。そんな中、高校卒業後、私の選んだ選択は大学進学でした。貧乏でしたから父母には今になって感謝の気持ちが湧き上がっています。これは自分を知った今になって思うのですが、私には生来的に「移動壁」があったのです。

この頃から自動的に地元を離れていろいろなところに行ってみたい、みてみたいという気持ちが理由もなくフツフツと沸き起こりました。これに加えて潜在的に「人に関わりたい」というものがあるのですから、具体的な理由で進学があったわけではなく、とにかく無意識が引き起こした結果と思っています。

また、進学先も特に理由もなく、人の多い東京、そして選んだ学校が「社会心理学」を学べる所とこれも理由を説明しないさいと言われても説明できないレベルで、都内の大学で社会学部にチャレンジしていたのでした。

無意識の思考は現実化する 遊び人!?
心理学的に「無意識の思考は現実化する」と言われていますが、あらためてこうやって自分の出生直後からここまでを振り返ってみてもその通りだと思います。それは特別なことではなく、いたって平凡なことレベルで起きるのですね・・・。

その後、めでたく合格したものの、私は勉強そのものより毎日外に出れば多くの人々の行動が目に飛び込んでくる環境そのものを楽しんでいたように思います。はっきり言って勉強しませんでした。(誰にでもある今になってやっとけばというやつです)また、在学中のほとんどを 都内の有名な観光会社の経営するホテルのフロント業務でアルバイトをしました。これも今から考えると生活費を稼ぐためという目的は勿論ありましたが、「人との関わり」ということを無意識に求めていたのでは?と実感しています。ここでは海外から来る人々(お客様)を含め本当に多くの人から何かを学んだような気持ちでいます。

大学卒業後は、そのまま都内に残り関連会社からの就職口の口ききも頂いたりしましたが、母親がやはり地元で苦労していたのを知っていましたし、やはり家業の酒屋に戻らなければと思い、帰郷しました。経営というほどのものではなく、小さな小さな町の酒屋さんで、はっきり言えばやっているのかいないのか分からない位の状態の中で、約15年商売を続けました。

何をしたかと言うと、特に日本酒の専門店化をはかりました。不思議なものです。今では自分の分析で、私には専門性に特化したものを好む壁があるというのにこれも当てはまっている自分を強く感じます。当時は誰も特殊なお酒を知らずまた地元では販売さえされていませんでした。インターネットなどというものも当時はなく、どうやって売ったのかと言うと、造り酒屋さんにお願いして高級酒をわけてもらい、紙レベル(ダイレクトメール)での通販をしました。各地からお客さんを秋田に体験ツアーと称し、山小屋でお酒を飲んだり、稲刈り体験をしたり、蔵元見学などの氣買うを何度も繰り返しました。この時もやはり意識してないものの、つくづく「人の関わり」的なイベントをしている自分に氣づかされます。この時の経験から、今でも私はお酒、特に日本酒については専門家並み、いやそれ以上かも知れません(笑)。しかし当時はもちろん、マーケティングのマの字も知りません。数年しての結果は、私の経営力のなさ、コンビニや大型ディスカウント店などが進出する時代に入り、日銭売上げさえも激減して店をたたむことになります。それで暮らしのため何とかしなければと始めたのが牛乳配達でした。

売ろうとするから売れない
この頃は結婚もし、幸い子供も三人恵まれておりました。すでにお話ししたとおり、私には血縁、人間との関わりコンプレックスがありますから子供は溺愛しすぎと言われるくらいでしたから必死でした。

牛乳配達と言っても、どこかに雇用されるのではなく、牛乳販売店としてスタートしました。スーパーやお店に牛乳を卸すのではなく、利益率のよい一般家庭の宅配のお客様獲得のため、営業活動に専念しました。実は私の主宰する「超セールス営業研究会」はここにルーツがあります。一軒一軒、飛び込みでパンフレットとサンプルをもってご挨拶をする単純な営業活動です。このはじめた当時は、ビン牛乳の配達はさほどメーカーも含めてマーケットが一度収縮した時代が長かったせいか、メーカー、他の販売店もともにあまり力を入れていないすきま(ニッチ)市場でした。

私は新参者でしたので、業界のことが分からずあまりびっくりはしなかったのですが、このシンプルな営業活動だけで、おどろく程のお客さんを獲得することができました。20軒訪問して4〜5軒の成約(成約率20%以上)を頂けるという状態が当たり前のように続きました。他のメーカーも販売店さんもこの頃から急激に宅配市場の獲得に乗り出しました。このまま順調に推移していくと思ったのですが・・・

そこで起きた現象は、お客様の牛乳販売店の営業に対する嫌悪感のまん延でした。業界の詳しいことを書けばいくらでも説明できますが、本質はいつもシンプルです。なぜ、こんなことになってしまったのか?。お客さんに売ろう売ろうとすれば、お客さんは離れる!という真理です。でははじめの頃は売ろうとしなかったのか?というと、実は・・・そうだと言えます。商人ですから、勿論売りたいのはやまやまですが、とにかくこんなシンプルな方法でも売れるのかな?先ずはこんにちは!って、自分を知ってもらおう、それが私の出発点だったのです。

たいして、何かおいしい市場がある!と感じたメーカー、販売店が増えれば当然そのマーケットに是が非でも参入しようとします。その結果多くの営業が、売れるかな!?から、売ろう!売れているのだから売りつけてしまえ!に変わります。

もちろん、見た目の営業の形(スタイル)は変わりないのです。しかし、あきらかに前者と後者で違うのはその「考え方」の出発点が違っています。同じマーケットでも同じ営業スタイルでも、「考え方」の違いは大きな結果の差となって現れるという貴重な体験をしたように思います。

私のこの営業経験は、最初のスタート時点からマーケットが競争にさらされてからの時期を含めて約7年間、計算してみたら約5万軒の飛び込み訪問で、約7000軒の申込を受けていました。しかし始めの頃と、その後の営業方法には大きな差があります。私が現在、提案しているセールス、営業さん向けSSMIで強調している「考え方」がとても大切!!というのはこの経験からなのです。

通りの人にもがんばって!・・・と
セールスや営業や販売さんに、ではどうしているのか?!というお話しも少しだけさせて下さい。とにかく「お客さんに売ろうとせずに、安心して買ってもらうにはどうしたらいいか?」という点に集中しています。そのためには、マーケティングとセールスの融合という戦略をとっています。余談ですが、マーケティングを多くのコンサルタント等の先生は、いつの頃か「集客」のみを意味するような感覚で用いられているように思うのは私だけでしょうか?

私はコンサルタントではありません。だから、こうしなさいとか、ああしなさい、こんな戦術がある!とだけ言うつもりはまったくないのです。私が今までに数多くのセールスや営業、マーケティングの書籍や教材、セミナーなどで自分で学んできた中で、自分に「腑に落ちている」言葉がいくつかあります。どなたの先生が言った言葉なのかは省略させていただきますが、

 「マーケティングとはイベントではなくてプロセスだ」
 「マーケティングとは顧客の動線を構築することだ」
 「セールス、営業はそれをするずっと前から決まっている」
 「セールス、営業と宣伝文は極めて感覚的な人間のメンタルな作業である」

なにやらむずかしそうですね。
でも、どの言葉も有名なマーケッターや先生方の言葉と記憶しています。
そして私にはそれを実践してみる場がありました。

5万軒の飛び込みセールスの中で、もちろん成績のよい時も悪い時もありました。悔しくて泣いた時も、電柱も蹴飛ばした時もありました。お客さんに叱られて追いかけられた時もありました。こんふうに本当のことを言えば、地べたのはいつくばって失敗ばかりを繰り返した経験がいくつもあるのです。だから、もし誰かがセールスや営業で苦しんでいたら、心から頑張って!という気持ちになってしまいます。車を運転していても、通りに「この人なにかのセールスか営業さんかな?」と思える人をみかけます。そんな時もその人に心の中で「がんばって!」とつぶやいている自分に氣づくときがあります。

わたしは失敗するたびに、自分の「考え方」を何度も入れ換えようとしてきました。そして「だからテクニックやスキルよりも大切なことがある」と今、本当に思えます。「自分の感情に素直になって、それをいったん受けとけては自分の考え方をまたまた入れ換える」ことこそが大切なことなのです。SSMIの本質は良い悪いはともかく、私の体験から私の本質はここにあります。

心の抵抗と自分の考え方を入れ換える作業
超セールス営業研究会で紹介しているSSMIのテクニックやスキルは、当時自分がやってきたことや、あるいはこれからやろうとしていることをまとめたものです。(SS=セールスシークレッツ)しかし、大切なのは、先ずは自分の感情に素直に正直になる、自分の感情に素直になるということは、実は自分の考え方を入れ換えるという作業のことを言います。(MI=マインドインベスティゲート)

自分の感情に素直になるということと、自分の考え方を入れ換えるということは一見矛盾しているように思えるかもしれません。なぜなら、考え方を変えるということは、自分の感情、つまり心が抵抗するからです。でも自分を知った上で最初は意識して入れ換えようとしなければそれはいつまでたっても自分の感情のままで進化がありません。そして、本当に自分を知った上で、自分の考え方を入れ換えた後のテクニックやスキルというのは、すぐに自分の身になって現場に落とし込むことができますが、そうでない場合、いくらテクニックやスキルを追い求めても、それは絶対に自分の身につかないことも、自分の失敗した経験上から知っています。

なにかまわりくどく何度も同じことを言っているように思われるかもしれません。(笑)自分でもそう思います。ちょっとここで整理してみましょう。私の考え方はこうです。

「自分の感情に正直になる」
(良い面も悪い面も自分で自己開示できる)
       ↓
「自分の考え方を入れ換える」
(自分が抱く感情ややっていることを素直に疑ってみる)
       ↓
「テクニックやスキルを学び、あるいは自分で創造し実践してみる」
(思わぬ結果がでる)

私がこれを完璧にできているかどうかというと、そうではありません。しかし、この順番でいつも仕事やプライベートの生活でも向き合おうとしています。それが私の「考え方」そのものだと氣づいています。
何かむずかしい・・・そう思われたと思いますので、次の項目でわたし自身の項目に話を戻したいと思います。

仕事・離婚・子供の三重苦
今まで正直な気持ちであることには間違いありませんが、すこし格好つけてお話してきました。さて、ここで私が本当は話したくないことをお話しさせて下さい。とても格好悪いです。でも上の「考え方」を実証するためにも書こうと思います。

私は、仕事と妻、子供との関わりの中で、やることなすことうまく行かず、自暴自棄になっていた時期があります。

先ずは仕事です。先にお話ししたように、私の仕事は家業の酒屋(小売)からはじまり、牛乳販売店の経営まで妻と二人三脚でやってきました。しかし前述したように、急激に伸びては急激に落ちるという繰り返しを何度か経験しています。収入もよいときもあれば、ご飯の心配を本当にしなければならないときまでその落差が激しかったせいか、自然に妻は私のやり方に異論を唱え始めました。

また、売上げが好調な時は新たに出店し、家にも何日も帰らずがんばった時期もあり、妻とのコミュニケーションはだんだんと希薄になり、たまに帰ってはちゃんと説明もろくにせずに、私のやり方を押し付けていました。この頃から妻側にストレスがたまりにたまっていったと思っています。文字通り、ストレスは心身症の原因となります。私が専門的にメンタルの勉強をさせて頂くまでは、そういう意識もなく自分を押し通していました。

そうしているうちに、自宅に帰っても妻とのコミュニケーションはまったく無くなっていきました。互いの思いやり、心の交流は皆無状態となり互いにストレスを抱えたまま多くの時間を過ごしたように思います。また私は自分が一人っ子で育ったということもあり、最初にお話ししたように自分の子供(娘二人、息子一人)には通常の人に比べて、かなり溺愛してしまうという傾向がありました。しかし、妻との交流がありませんから、当然そこにもヒビが入りました。自分が悪いことを棚にあげ、子供のことを話さない妻に腹をたて、そのことに関しては何度もけんかや言い争いをしました。また、子供を愛するがゆえ、子供をいろいろな面で叱ったり、時には手をあげてしまうこともありました。子供にしてみたら、両親のコミュニケーションがまったくない中、父親にひどく叱られるのですから、反抗するのは当たり前です。

これらの状況が繰り返され、妻とも子供とも一年近くも別居同然状態が続き、妻は離婚調停を申し立て子供の親権を私に、監護権を妻側にという内容で離婚が成立しました。

仕事・夫婦・子供との関係が同時に悪化する際の苦しさというものは今だに忘れられませんし、非常につらい経験でした。子供の夢をみては汗びっしょりになって、突然何かに襲われたような夢をみては寝ている布団の横のふすまを蹴飛ばして目が覚めたことも幾度となくありました。これからお話しすることによって、今ではその苦しい気持ちからも解放され、元妻にも心から当時申し訳なかったと思えますし、現在でも元妻とも子供ともそれぞれに交流はできていますが・・・。しかし、もし、あなた様が夫婦や子供さんのことでとても苦しい状況にあるのなら私でよければ、お力になれるかもしれません。夫婦仲、子供との不調和は本当に苦しいものです。遠慮なく胸のうちをお話しいただいて結構です。


メンタルセラピスト
そんな時期に、私は東京のある有名なメンタルセラピスト、溝口耕児先生を知る機会がありました。今思うとこんなにひどい状況であってもセールス営業をなんとかしようという思いで、勉強していたのはとても滑稽な姿なのですが、そのきっかけは自分が購入した、これもとても有名なマーケッターのセミナーDVDの講師をつとめられていたのです。

私は、その先生に感銘をうけ、インターネットでリサーチさせて頂いていたらスクーリング事業が人数限定で募集されていることを知りました。これもまた不思議なことなのですが、これも迷わずぜひ受講してみたいという強い思いがわいてきて、その門を叩いたのでした。

私をよく知る人は、私の当時の状況があまりにも苦しかったから、その先生に近づいたと今でも思っていますが、正直言ってこの時も実は私の直感でしか動いていませんでした。自分がどんなに家族の状況が悪かろうと、それを棚にあげ、幼少の頃からの「人との関わり」に潜在的に興味があったからではないかと思われました。

考えてみればとても滑稽な話ですよね。
自分の家族でさえ、うまくやっていくことのできない私が、カウンセラーや専門的なメンタルセラピストの知識やスキルを学ぼうとスクールに入門する・・・自分でも笑いたくなりながら行動してしまっていたように思います。

スクーリングをその後約一年受けることになるのですが(秋田から東京まで日帰りで月に二度往復しました)、当然のように自己分析からはじまりました。そうすると、自分の現在の不調和の原因に自分で直面せざるを得なくなります。これが「心が抵抗する」ということへの直面です。私はいくら、自分で考えても自分の不調和を自分の考え方にあるということを受け入れることができませんでした。

正直言って苦しくて苦しくて、なんとも表現のしようのない状態に私の心がなっていることだけは氣づいていました。そして、スクール生としてではなく、クライアントとして(勿論きちんとその料金をお支払いし)先生との直接会見を申し込みました。

スクーリングでは、第一ステージから第三ステージまであり、この時は私自身は第一ステージでしたので、その専門性としての中身の知識はまるでありません。驚いたのは、会見後、どうしてこんなにもダイレクトに私自身のことが他人である先生に分かるのか?!ということでした。そして自分が潜在的にどういう人間で、なぜ今の不調和が起きているのかということと、相手に対して(具体的に当時の妻と、子供達一人一人に対しての私のあり方、また仕事面で対立している人への私のあり方を)具体的にアドバイスいただきました。

この経験は、ある種のおどろきと同時に、自分が生まれてこの方体験してきたこと、経験してきたことの価値観(考え方)の入れ換えが必要なんだと氣づかされました。良い悪いはともかく自分が何者かということをみつめることができたのです。


問題は実は問題ではない
現在、私は元妻とも普通のように話せるようにもなり、今さらですが陰ながら彼女の幸せも素直に望むころができる自分になっています。また三人の子供たちとも、親子としての通常の交流ができるようになっています。子供たちの心に傷を残したことには間違いないのですが、彼彼女らも私と元妻との現在の関係を把握してくれていますし、自由に行き来しています。

その後、私はスクーリングの第一ステージ・心理カウンセリング、第二ステージ・バイオリズムコーディネート、第三ステージ・ポテンシャルアナライズの過程を終了(公認No.P-1004)し、現在この専門性を一人でも多くの方に活かせたらという思いでいっぱいです。メンタルコーディネートと言うととかく、クライアントさんや会員さんから「先生」などと呼ばれるときがありますが、本当は私もこれまでお話ししてきたようにけしてすぐれた人間ではなく、むしろ失敗つづきの人間です。

現在も仕事の現場では、マーケティングだセールスだと営業を教えては実践するよう指導していますが、問題というのは次から次へと沸き起こってくるものです。だからこそその都度、大切だなとつくづく思うのは単純に思えるかも知れませんが「考え方」なのです。

セールス営業に限らず、「どうしてこんなに私には問題が山積みなんだろう!?」そんなふうにはけして思わないで下さい。なぜなら、あなたの得たい結果が高ければ高いほど、問題はけしてなくなるものではないからです。あなたの得たい結果から現状を差し引いたものが問題なのですから、それはよし乗り越えてやろう!とか、問題があるから進化できる!とか、むしろありがたいもの!としてとらえると、自分のあり方が変わってきたりします。逆に、あまりに高い結果を望むがゆえ、心がどうしようもなく窮屈な場合は、そのハードルを適度な位置にもどしてあげるだけでも、今何をしていきたいのかが見えてきたりする場合もあります。


あなた様だけの解答が必ずあります
私は有名はコンサルタントでもマーケッターでもありません。
自分がやってきたセールス営業もどこかの企業で世界ナンバーワンとかツーとかいうスーパーセールスマンでもありません。しかし自分の経験から痛みで得たものや、自分の考え方、自分がこれからしようとしていることは皆さんにそのまま開示することができます。くわえて、皆さんお一人お一人違うお悩みや心の叫びに個別にサポートすることができます。
パーソナルなセールス営業販売パーソンのスキルとメンタルサポートを同時にすすめているサービスをやっている人をネット上で探してみましたが、私の知るかぎり誰もいません。

私がなぜ、メンタルなサポートとあなた様個人に合ったスキルやテクニックをコーディネートできるのか?ほんの1%でもこの私の告白をここまでお読みくださった方々にはご理解いただけるかなと思い、恥ずかしいことも書きました。

まずは自分の感情に素直になってみて下さい。そして心の抵抗と向き合ってみましょう。そこには必ずあなた様がするべきあなた様だけの解答があります。それをみつけるお手伝いをするのがメンタルコーディータ、大山だと思っております。

私の夢は「こうでなければならない」とか「○○が欲しい」ということではありません。あるとすれば一人でも多くの方のメンタルサポートをお手伝いさせていただくこと、それが私の本当の喜びに思えます。最後までお読みいただいたあなた様へ感謝します。ありがとうございます。

  



私は一人の悩める超凡人です。
でも経験があるから痛みも充分承知しています。
遠慮は必要ありません。

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〒010-0065 秋田県秋田市茨島6-1-21(有)ダイキン内
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